相続の放棄・相続分の放棄・相続分譲渡について
相続の放棄・相続分の放棄・相続分譲渡は、相続手続きから脱退する手段として利用されます。
被相続人が死亡したけど、借金が多くて、相続したくないという人は相続放棄の手続きをします。
相続放棄はしなかったけど、遺産はいらない、相続紛争にはかかわりたくないという人は、相続分放棄をします。
私はいらないけど、相続人の誰かにあげたいというときは、その相続人に相続分譲渡します。
相続の放棄の詳細については、「法律家のための相続判例のポイント」206頁~、
相続分の放棄・相続分譲渡の詳細については同著18頁~をご覧ください、。
元東京家裁調停委員の視点
相続放棄は、東京家裁では成年後見などを担当する家事1部が担当しています。
この手続きは、相続を知ってから3か月以内にしなければなりません。調停委員として、相続放棄に直接かかわることはありませんでした。
これに対し、相続分放棄と相続分譲渡は、遺産分割では、しょっちゅう出てきます。どちらも、家庭裁判所に書式がおいてありますから、その書式に記載して印鑑証明書を添付して提出すればいいのです。3か月という期間制限はなく、いつでも、この手続きはとれます。
注意していただきたいのは、相続分譲渡に関しては、登記手続きで登記所に提出する書式と遺産分割手続きで裁判所に提出する書式は違うことです。登記手続きの書式は、譲渡者の署名・押印があればいいのですが、裁判手続きでは、両当事者の署名が必要です。この辺を誤解して、登記に使う書式を提出してくる代理人や当事者がいます。
また、相続分放棄と相続分譲渡の違いがわからない当事者がたまにいて、相続人○○のために相続分を放棄する、とか、逆に、相続分をみんなに譲渡するから、公平に分けてという事案もありました。
一番困ったのが、遺産分割調停前に相続分放棄や譲渡をした当事者を、遺産分割の当事者目録に加えるかどうかという点で、これ、東京家裁でも、取り扱い方針が確定していません。
ときどき、相続分譲渡の有効性を争う当事者がいますが、そうなると、この問題を解決しないと遺産分割調停ができませんから、遺産分割調停を取り下げてもらうことになります。
相続放棄
- 家庭裁判所に相続放棄をすると相続しなかったことが確定するのですか?
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確定しません。
相続放棄は、家庭裁判所に相続放棄の申述をするだけで、それにより相続放棄が実体法上確定するわけではありません。債権者は、相続放棄した相続人に対し、相続放棄は無効だとして訴訟提起できます。裁判所の申述受理証明書は、あくまで、相続放棄の意思表示の届けが提出されたことを証明するだけです。
ただ、実務では、相続放棄の申述受理証明書がでれば、なんとなく相続放棄は裁判所で認められて確定したという「常識」になっています。
- 相続放棄前に相続放棄ができなくなるのはどのような場合ですか?
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期間経過・背信行為・処分行為のいずれかがある場合です。
熟慮期間を経過すれば自動的に単純承認となりますが、相続放棄前に背信行為・処分行為があると相続放棄できなくなります。
実務上は、どういう行為が背信行為・処分行為にあたるか問題となります。形見分けのつもりでも、後日、裁判所から、遺産の処分に当たると認定され、相続放棄ができなくなるケースが相応にあり、注意が必要です。
詳細については、弊著「法律家のための相続判例のポイント」27頁~に詳細に記載してありますので、そちらをご覧ください。
- 相続分放棄・相続分譲渡をすると債務も放棄できますか?
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放棄できません。
相続分放棄・相続分譲渡をしても、移るのは資産だけで、債務は、債権者の承諾がない限り、移ることはありません。もし、被相続人にローン等の債務があるときは、相続分放棄や譲渡をすると、資産は失い負債だけが残ることになります。相続財産に負債があるときは、相続分放棄・相続分譲渡は慎重にしなければなりません。
- 熟慮期間内に放棄するか否かの決断がつかない場合は、どうすればいいですか?
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熟慮期間の延長を申請します。
被相続人と疎遠の相続人の場合、負債があるのではないかが一番の心配事です。起算日から3か月以内に被相続人の債務を調査するのは大変です。このような場合は、管轄の家庭裁判所に熟慮期間伸長の申立をしなければなりません。1回目は比較的容易に認めてくれますが、2回目、2回目となると相当の理由が必要です。
- 資産はあるが負債はないと思って相続放棄しないまま、熟慮期間を経過したところ、債権者から、突然の請求がありました。今から、相続放棄できますか?
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原則としてできません。
資産も負債もないから、相続手続き自体が不要だと誤認していた場合は、資産か負債があると認識できたときから、熟慮期間が進行します。資産はあるとわかっていたが、負債はないと誤解していた場合は、負債は認識できていなくとも資産の認識をした時点から熟慮期間が進行します。
ただし、法の不知から相続は発生しないと思った場合や、熟慮期間経過に錯誤がある場合などは、債務を認識したときが起算点になる場合があります。詳細は、弊著「法律家のための相続判例のポイント」206頁~以下に詳細に判例を載せてあります。