遺産の範囲について
遺産の範囲は、遺産分割で絶えず問題になります。遺産分割対象財産であるためには、
①相続により取得した遺産で
②相続時に存在し
③分割時にも存在する(みなし遺産制度に注意)
④未分割の
⑤積極財産である
ことが必要です。
世間でいう「遺産」とは、範囲が異なることに注意してください。
遺産の範囲については、弊著「法律家のための相続判例のポイント」27頁~に詳細に記載してありますので、そちらをご覧ください。
元東京家裁調停委員の視点
遺産分割の対象財産は、①遺産のうち②遺産分割の対象となる財産であることが必要です。世間で遺産と言われているが遺産でないもの、遺産だけど遺産分割の対象にならないものが多数ありますが、この点をきちんと理解しておられる代理人は本当に少数です。
被相続人に貸したお金を、何で遺産分割協議の対象にしないのか?遺産である不動産の売却代金をどうして遺産分割の対象としないのか、等々、代理人からクレームが来ます。世間でいう「遺産」と民法上の遺産分割の対象としての「遺産」が異なるということを理解していないんですね。
当方が代理人にいくら説明しても、その説明内容が、世間の常識と異なることから、どうしても理解してもらえず、最後は、裁判官まで登場してもらい、ようやく納得してもらえるというのが実情です。それでも、理解できない代理人がいて、怒り出したりします。
これが、本人だと、素直に納得する場合が多いのですが、代理人だと、法律の専門家だというプライドがあるのか、依頼者の手前があるのか、本当に苦労します。
中途半端な代理人が就いたため、手続きが遅延するというのは、珍しくありません。
貸金債権
- 被相続人に貸したお金があります。遺産分割の協議の中で処理したいと思いますが、可能ですか?
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相続人全員の合意があれば可能ですが、合意がなければ遺産分割の対象にできません。
相続に絡んで、相続人と被相続人の金銭問題を解決してほしいという話は、調停で、しばしば争点になります。しかし、貸金債権は、可分債権ですから、遺産であっても、相続と同時に法定相続分で分割されてしまい、遺産分割の対象になりません。すでに分割されているからです。
にもかかわらず、申立人と相手方双方の代理人が、貸した、借りてない等々の、意味のない論争を調停で繰り広げているのが現実です。貸金債権が遺産分割調停の対象になるのは、①相続人全員が対象とすることに同意していて②その債権自体について、存在、金額等で争いが全くない場合のみです。
遺産分割の対象から外そうとすると、「当事者のための紛争の一回的解決」という大義名分をいって抵抗しますが、実際は、金額が少額すぎて訴訟は採算があわないか、立証に自信がないための「一回的解決」であることはミエミエです。
可分債権
- 貸金債権は、遺産なのになんで遺産分割の対象にならないのですか?
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民法の規定と迅速な解決が理由です。
遺産共有も共有ですから、民法の共有物の規定の適用がありますが、準共有の場合、264条但書→427条で、当然に、法定相続分で分割されることになります。
分割されてしまっているので、遺産分割の対象になりません。
ただ、これは、建前。可分債権は、往々にして、その存否や金額をめぐって、それ自体に紛争性があり、これを分割対象とすれば、その可分債権の問題が解決するまでは、遺産分割の協議ができなくなります。遺産分割の遅延を防ぐというのが本当の理由です。
預金
- 預金は、数量的に分割可能だから、相続と同時に法定相続分で分割されませんか?
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預金は不可分債権です。
預金は、常識的に考えれば数量的に可分です。本来は、相続と同時に、法定相続分で分割されてしかるべきです。相続実務では、永年、相続人全員の同意がない限り、預金は遺産分割の対象にならないという扱いをしてきました。
それでも、当初は、このように解しても、不都合がありませんでした。というのは、当時は、これを知らない代理人・当事者がほとんどで、なんとなく、当然のように遺産分割の対象に加えて協議していました。裁判所も、あえてその点を告知することなく、全員の同意があるとして遺産分割の対象に加えました。
しかし、預金は遺産分割の対象にならないという知識が、一部の代理人に浸透し、実務では、いたるところで不都合が生じてきました。 確かに、預金は、不動産と並ぶ重要な遺産です。これを、具体的相続分を考慮することなく、一律法定相続分で分割とすると、遺産分割の公平性が保てなくなります。預金は、他の債権と異なり、範囲・金額も明確で、これを遺産分割の対象としても遺産分割手続きが遅延することもありません。そこで、現在、裁判所は、普通預金は、絶えず変動しているから不可分だと判断し、半ば強引に遺産分割の対象になると判断しています。
死亡退職金
- 死亡退職金は、遺産分割の対象になりますか?
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遺産は相続で取得するものですが、死亡退職金は、会社と被相続人との雇用契約により、会社の約款で取得するものです。遺産では、ありません。税法では、みなし遺産として、相続税の対象になりますが、民法ではなりません。
受取人が相続人となっている生命保険
- 受取人が指定されておらず、その場合は約款で「指定がない場合は相続人が受取人となる」と規定されていれば、相続財産ですか?
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相続財産ではありません。
「受取人欄に個人名が記載されていれば、約款で取得するので遺産ではない」という認識は広まっていますが、受取人欄が白紙で、約款にそのような場合は相続人が取得するという規定があったり、相続人と記載がある場合は、相続財産であると誤解しておられる方が非常に多いですね。ただ、この場合も、相続人は、保険会社との約款で取得するので、遺産ではありません。
仮に、保険契約時、推定相続人だった者が相続放棄した場合でも、契約時に推定相続人であった以上、保険金を取得できます。