使途不明金問題について
被相続人の通帳を見てみると、多額の金額が多数回にわたって引き出されていることが分かった、この引き出し金は、どこにいったんだ?いわゆる使途不明金問題です。
遺産分割に絡んで、必ずと言っていいほど、この使途不明金問題が絡んできます。使途不明金問題が生じない遺産分割の方が、むしろ少数です。
ただ、細かな引出しが問題になるため、訴訟も調停も長期化します。
この使途不明金問題、相続前の使途不明金問題と相続後の使途不明金問題があります。また、相続前の使途不明金問題は、遺産分割における特別受益問題と表裏の関係にある場合があります。
[相続前の使途不明金]
相続前に被相続人の預金口座から多額のお金が引き出されている場合、以下のように分類されます。
①被相続人から贈与を受けたと主張→特別受益の問題(遺産分割審判で解決)
②それ以外の主張→使途不明金問題(訴訟で解決)
[相続後の使途不明金]
相続後に被相続人の預金口座から引き出されている場合、以下のように分類されます。
①単独払戻制度(909条の2)の手続きで引き出されている→遺産の一部分割として処理する。(弊著「弁護士のための遺産相続実務のポイント」246頁~)
②単独払い戻しの手続きを踏んでいない→使途不明金問題 「みなし遺産制度」(906条の2)の適用の有無で手続きが異なる。
②-1みなし遺産の適用がある→家庭裁判所の遺産分割審判の中で処理する。
②-2みなし遺産の適用がない→地方裁判所の審判で解決する。
詳細は、弊著「弁護士のための遺産相続実務のポイント」290頁~をご覧ください。
元東京家裁調停委員の視点
遺産分割調停手続では、必ずと言っていいほど、使途不明金問題が生じます。預金の無断解約です。現在では、その無断解約が相続前か相続後かで法律関係が全く異なるので、よけい複雑化しています。
東京家裁では、使途不明金問題は、3、4回まではお付き合いするが、それ以降は地裁でやってほしいとしていますが、いつまでもおつきあいする調停委員もいて、遺産分割調停長期化の原因になっています。
代理人も、使途不明金問題は、非常に細かな立証を要するため、地裁に移行するのをいやがる人もいます。
しかし、訴訟でも大変な使途不明金問題を調停内でやるというのは無理があるし、調停手続きで、互いに反論し合っても、調停委員にも裁判所にも、どちらが正しいかを判断する権限はありません。主張し証拠を提出しあうことで問題が解決することは、ありません。
使途不明金問題は、できるだけ速やかに地裁で解決すべきです。
ただ、遺産分割内で必ず解決しておかなければならない問題があります。それは、特別受益問題か使途不明金問題かの確定です。預金が引き出されている、地裁の訴訟でそれを追及すると被相続人の同意を得ていると反論する、ところが遺産分割ではもらったわけではないと特別受益を否定する、こういう矛盾した行動を何の疑問もなく実行する代理人がおられますが、これは、信義則違反として否定されます。調停内で、贈与なのかどうかだけ確定しましょう。
使途不明金問題
- 使途不明金問題とは何ですか?
-
相続人による預金の使い込みです。
遺産分割調停では、必ずといっていいほど、相続人による預金の使い込みが問題になります。相続人の一人が、被相続人の預金を管理していた、妙に遺産である預金の残高が少ない、銀行履歴を取り寄せてみると、被相続人が使ったとは思えない預金の引き出しが頻繁に行われている、引き出したのは管理していた相続人だろう、賠償してほしい、これが使途不明金問題です。
この使途不明金問題は、相続前の引き出しと相続後の引き出しの二つに分かれます。
概略的にいえば、相続前の使途不明金は、解約に関わっていない相続人が訴訟を提起し、相続後の使途不明金問題は、解約した相続人が訴訟を提起します。
- 相続人Aは、被相続人甲の生前中、預かっている預金を解約したが、これについて、甲の借金の返済に充てたと主張している。他の相続人が、Aの責任追及をするにはどうすればいいか?
-
A以外の相続人が、Aに対し、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求をすることになる。
解約された預金は相続時には存在しないので、遺産では、ありません。しかし、相続人の一人が無断で解約し費消したとすれば、被相続人は、その時点で、相続人に対し、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求を取得したことになり、この請求債権は相続財産となります。ただ、これは可分債権ですから、遺産分割の対象にならず、各相続人が法定相続分に応じて取得することになります。
相続人はそれぞれ、Aに対し、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求をし、これに対し、Aは、甲の借金の返済に充てたと反論することになります。
- 相続人Aは、被相続人甲の死亡後、預かっている預金を解約したが、これについて、甲の借金の返済に充てたと主張している。他の相続人が、Aの責任追及をするにはどうすればいいか?
-
Aが、他の相続人に、不当利得返還請求訴訟を提起することになる。
相続後、相続人が遺産分割前に預金を解約した場合、その預金は、分割時には存在しませんから、やはり、遺産分割の対象にならず、その他の相続人は、その解約した相続人に、法定相続分に基づいて、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求をするのが原則です。
しかし、これでは、本来は、具体的相続分の少ない相続人が、無断解約すれば法定相続分は確保できてしまうという不合理な結論になってしまいます。
そこで、民法では、解約した相続人以外の相続人全員が同意すれば、その解約した預金も、まだ解約されずに存在しているとみなし、遺産分割の対象にできると規定しています(906条の2Ⅱ)。実務的には、解約した相続人の預り金的処理をします。
この場合、解約した相続人は、被相続人の返済に充て利得がなくとも、遺産分割手続きでは、それは認められず、自腹を切る必要があります。
Aは、遺産分割とは別に、地方裁判所に、他の相続人に対し、不当利得返還請求をすることになります。使途不明金訴訟になりません。
もっとも、相続人の一人でも反対すれば、このみなし遺産の規定は、適用ありません。その場合は、解約分は遺産分割の対象にならず、使途不明金訴訟の対象になります。
- 相続人の一人に使途不明金の責任を追及したいのですが、どうすれば良いですか?
-
銀行の取引履歴を調査し、問題点のある取引一つ一つを管理していた相続人に確認します。
使途不明金問題は、問題となっている通帳のうち、不明な取引を特定し、その使途を管理していた相続人に問いただすことからスタートします。
ただ、例えば数万円程度の出費など記憶してないのが普通で、これを追及しても回答できないのは当然です。ただ単に、預金残高が少なすぎるというだけでは、裁判所は相手にしません。
被相続人の当時の生活状況から、極めて不自然な出費を一つ一つ特定し、それを追及することが必要です。
よくある主張が、被相続人の収入総額を計算し、そこから被相続人の予想される生活費を支出し、その差額が預金として残っているはずなのに、実際の預金は、それよりはるかに少ない、預金を管理していた相続人が費消した、というもの。しかし、このような「これだけあるはずだ」という主張は、失当で、裁判所は相手にしません。
- 被相続人の預金を管理していたところ、他の相続人から「預金を個人的に費消した」との疑いがかけられています。どうすれ良いですか?
-
相手に問題取引を指摘してもらい、それについて、合理的な説明をすれば大丈夫です。
まず相手方に、どの銀行のどの取引かを明確に特定してもらい、さらに、その中で当然覚えているべき取引だけに限定して回答します。例えば、5万円の出費など記憶がないのが普通ですが、100万円単位の出費なら、普通は記憶しているはずです。その際、できるだけ領収書をそろえましょう。
- 使途不明金の追及には消滅時効がありますか?
-
態様により異なります。
特別受益型の場合は、消滅時効自体が問題になりません。
不法行為を請求原因とするときは、知ってから3年、行為の時から20年です。
不当利得を請求原因とするときは、知ってから5年、行為の時から10年です。
不法行為を請求原因とするか、不当利得を請求原因とするかは、行為の態様と消滅時効との兼ねあいで判断します。
- 家裁の遺産分割調停で使途不明金を協議したいのですが、できますか?
-
3~4回はお付き合いしますが、そこで打ち切ります(東京家裁扱い)。
遺産分割調停では、多くの案件で使途不明金問題が提起されます。
このうち特別受益タイプならば、当然遺産分割の問題ですから、遺産分割調停・審判の中で処理されます。
しかし、贈与を否認する時は、特別受益の問題になりません。この場合、相続前の解約は、遺産分割の手続きの中で処理できず、地裁の訴訟で解決することになります。
相続後の解約は、単独払戻制度(909条の2)にしたがった解約でないかぎり、使途不明金の問題になり、みなし遺産(906条の2)の適用があれば、遺産分割調停・審判の中で処理されます。みなし遺産の適用がない場合は、相続前の解約同様、地裁の訴訟で解決することになります。
みなし遺産が適用された場合、解約した相続人から、他の相続人に対して不当利得返還請求訴訟を提起することになります。
- 相手は使途不明金の使途を葬儀費用や戒名等だといっているのですが認められますか?
-
全員の同意があれば、充当してもかまいません。
しかし、全員の同意が得られない場合、以下のように処理します。
[相続前に解約した場合]
使途不明金問題として、地裁に訴訟を提起し、その中で「葬儀費用に使った」という抗弁の成否を判断します。葬儀費用は、喪主負担か相続人負担かという争点になります(戒名は、いずれの立場でも、喪主が負担することになります)。
[相続後に解約した場合]
みなし遺産(906条の2)の適用があれば、遺産分割調停・審判の中で処理されます。
みなし遺産の適用がない場合は、相続前の解約同様、地裁の訴訟で解決することになります。
みなし遺産が適用された場合、解約した相続人から、他の相続人に対して不当利得返還請求訴訟を提起することになります。
被相続人は父X。相続人は長男Aと長女B。長女Bは、離婚して母子家庭で、生活が苦しく、父Xの承諾の下、父の預金口座からお金を引き出していました。
父の死後、長男Aからこの引き出し行為につき、東京地方裁判所に不当利得返還訴訟を提起されました。返金しなければならないのでしょうか?
返金の必要はありません。
実務上、多くの弁護士が、この特別受益と使途不明金の問題を混同しています。使途不明金として訴訟提起できるのは、被相続人の同意なく勝手に引き出した場合に限られます。
同意があれば贈与ですから、不当利得、不法行為の問題にはならず、特別受益の問題として遺産分割手続きで考慮されます。
ただ、本件では、遺産分割の問題として処理しても、特別受益とは言い難いでしょう。