特別受益について
相続人が確定し、遺産の範囲と評価が確定すると、次は相続分の確定に移ります。
法定相続分なら問題ありませんが、一部の相続人に遺産の前渡しを受けていたなら、それを考慮しないと、公平な遺産分割ができません。
特別受益については、弊著「法律家のための相続判例のポイント」27頁~に詳細に記載してありますので、そちらをご覧ください。
元東京家裁調停委員の視点
特別受益も、特別寄与と並んで代理人や当事者が感情的になりやすい部分です。正確に認識したうえで主張されるならかまいませんが、代理人の無知からの主張が非常に多いのが現実です。特別受益が、遺産の前渡しを持ち戻す制度だということを理解していないのです。
誤解の原因は、特別受益は相続人間の経済的不公平を是正する制度だと思い込んでいること。生前利益を受ければ、それが全部、特別受益だという主張をします。子供の目から見ると、親は公平でなかった、だから、この段階でその不公平を是正したい、その気持ちはわかりますが、特別受益は、そういう制度ではありません。
一番多いのは、家をただで借りていた、だから特別受益だ、という主張。これ、相続税法で借家権という財産権を規定していることから、誤解が生じているんでしょうね。それと、私は高卒なのに兄が大卒だという主張、これも多いです。
経済援助の違いを考慮しないのは不公平だといっても、自分の子供にどれだけお金をかけるかは、親の価値観・教育観に基づくし、子供も個性があり、その個性にしたがって育てるのは、公平とか不公平という問題は生じません。
特別受益
- 特別受益とは何ですか?
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遺産の前渡しを遺産分割対象財産に持ち戻す制度です。
共同相続人の中に「結婚や養子縁組のための贈与その他生計の資本としての贈与」があるとき、それは、「遺産の前渡し」ですから、遺産分割にあたっては、それを持ち戻して 遺産分割をしないと不公平になります。
遺産分割にあたって持ち戻す「遺産の前渡し」を特別受益と言います。
- 特別受益は遺産分割にあたりどのように考慮されますか?
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特別受益の金額を、相続時の遺産に持ち戻して加算し、そのうえで各人の具体的相続分を算出します。
例えば、被相続人は父Xで相続財産は2000万円、相続人は長男Aと次男Bとします。 この場合、AとBは、2000万円を半分ずつ取得しますから、各人の取り分は各1000万円です。
しかし、もしAが、生前父Xから1000万円の贈与を受けていたとすると、それは「遺産の前渡し」と考えられますから、この贈与金1000万円を遺産分割にあたり考慮に入れないと不公平になります。そこで、遺産総額2000万円に1000万円を加算すると「みなし相続財産」は、3000万円になります。
これを法定相続分で割ると各人の具体的相続分は、各1500万円になります。
しかし、Aは、すでに1000万円の遺産の前渡しを受けていますから、今回の遺産で取得できる金額は500万円になります。
遺産分割としては、Aが500万円、Bが1500万円を取得することになります。しかし、生前贈与を加えれば、A・Bともに1500万円になりますから、公平な分割が実現できたことになります。
特別受益の範囲
- 生前の恩恵は、全て特別寄与になりますか?
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遺産の前渡しと認定されるものだけです。
特別寄与の制度が、生前贈与等を遺産に持ち戻し、公平な遺産分割を図る制度趣旨だとすると、持ち戻されるのは、遺産の前渡しと認定されるものだけになります。例えば、被相続人が推定相続人に100万円贈与したとしましょう。もし、推定相続人が、例えば不倫慰謝料の支払い義務があるのに資金がないので被相続人に援助を仰いだとしたら、それは、生計の資本とは言えないし、遺産の前渡しともいえません。特別受益になりません。
しかし、生活の足しにとしてプレゼントされたなら、それは生計の資本の贈与であり、遺産の前渡しになります。
家屋の無償使用と特別受益
- 被相続人の空き家に無償で居住していました。特別受益になりますか?
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なりません。
相続税法で借家権価格があることから、この場合、借家権相当額の贈与があるという主張が非常に多いです。中には、借りていた期間の家賃相当額全額が特別受益だという主張もあります。
しかし、不動産鑑定理論では、借家権の評価はゼロであり、相続でも、借家権は評価ゼロです。評価ゼロである以上、特別受益に該当しません。
これは、家裁の遺産分割実務では常識なのですが、地方裁判所の判例には、家屋の使用定借を特別受益とする判例があります。
婚姻費用
- 結婚式の費用を被相続人が全額負担しました。特別受益になりますか?
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なりません。
結納金や挙式費用は「遺産の前渡し」とは言えず、また持参金も親の扶養義務の履行とみなされる場合が多く、やはり特別受益とはいえません。
ただ、多額で、「遺産の前渡し」的要素が多い場合は、特別受益となります。
民法の条文に「婚姻」とあることから、婚姻関連費用は、なんでもかんでも特別受益になると思い込んでおられる代理人が、時々います。以前、弁護士向けの専門書でも、「婚姻」だから特別受益になる、という記載を見たことがあります。
しかし、この「婚姻」というのは、他家に嫁ぐから、今のうちに遺産を前渡ししておこうという場合を想定した規定で、今は、そんな風習は、ほとんどないでしょう。実務で婚姻関連費用が特別受益になることは、滅多にありません。仮に、生活資金としてお金が渡されても、ほとんど扶養義務の範囲とみなされます。
推定相続人以外への贈与
- 被相続人の遺産は、総額で1億円。相続人は長男Aと次男である私B。遺産は1億円ですが、長男Aの配偶者甲、子供乙は、別に被相続人から各1000万円もらっています。この各1000万円は、長男Aの特別受益になりますか?
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原則としてなりません。
現在の家庭裁判所は、特別受益者か否かの判断を厳格に解しており、贈与等を受けた者が配偶者や子供等の生計同一者であっても、相続人でないときは、特別受益には該当しないと判断しています。
ただ、単なる名義貸し的な贈与は、特別受益になる場合もあります。
生命保険金
- 被相続人の遺産は、総額で1億円。相続人は長男Aと次男である私B。遺産は1億円ですが、長男Aは別に父のかけていた生命保険金5500万円を受領しています。この生命保険金は特別受益になりますか?
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なる場合とならない場合があります。
生命保険金は、贈与でも遺贈でもありませんから、原則として特別受益になりません。 しかし、「保険金受取人である相続人とその他の相続人との間に生ずる不公平が民法 903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、」「当該死亡保険金は特別受益に準じて持ち戻しの対象となります」(最高裁H16・10・29)。
実務では、原則として、この比率が50%未満の場合は特別受益に準ぜず、60%超のときは特別受益に準じ、50~60%のときはケースバイケースで処理しています。
しかし、単に比率だけで決めず、同居の有無や被相続人に対する貢献度、相続人の生活状況等の諸事情を総合的に判断しています。
特別寄与料請求権
- 相続人の妻は特別寄与を主張できますか?
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できません。ただ、特別寄与料の請求はできます。
特別寄与の制度は、遺産の中に相続分とは別に寄与分という権利を創設する手続きですから、相続分のない被相続人は、特別寄与の主張ができません。
そこで、相続人以外で被相続人の財産に特別な貢献をした人を対象に、特別寄与料請求権が認められています(1050条)。
この特別寄与料請求権が確定しないと遺産分割ができないため、行使期間は、極めて短期に設定されています。知ってから半年以内、相続時から1年以内で、いずれも除斥期間です。